初めに
- 酵素反応とは?(基質の認識、反応の促進)
- 酵素反応のビジュアル化
- 臨床検査酵素(ユニット)
- 阻害剤の理解(競合阻害、不競合阻害、混合型阻害)
- 薬物動態的思考に繋げる(非線形薬物のリスク、PISCSによる相互作用予測)
生物や化学の授業で学んだ酵素の役割や反応の仕組みは、薬物の動態や臨床検査に直結するため、深く理解することが重要になってきます。本記事では、酵素反応の基礎から反応速度論、そして臨床での酵素の役割までをわかりやすく解説します。
さらに、阻害剤の仕組みを学び、薬物動態にどう応用されるかも紹介していきます。これから薬学を本格的に学ぶための基礎知識を身につけたい方に役立つ内容です。記事前半は基礎知識、後半~終盤にかけて実務的な内容になります。
酵素とは???反応のステップを踏まえて説明
酵素の概要
酵素は、生体内で化学反応を促進するタンパク質で、アミノ酸残基を介して基質と相互作用し化学反応を加速させます。この働きにより、代謝や細胞機能を維持し、薬学や生化学の理解にも欠かせない重要な役割を果たしています。
コリンエステラーゼを例に、「基質の認識」と「反応促進」
コリンエステラーゼは、神経伝達物質アセチルコリンを分解する重要な酵素です。アセチルコリンエステラーゼは、次の2つのステップでアセチルコリンの加水分解を促進します。
- 基質の認識
- 反応の促進

まず、アセチルコリンがコリンエステラーゼのトリプトファン残基とイオン-π相互作用を介して結合します。これが「1.基質の認識機能」です

次に、セリン残基がアセチルコリンのアセチル基に対して求核置換反応を起こし、コリンが分子から脱離します。この際、酵素内のグルタミン酸残基とヒスチジン残基が協力してセリンの求核性を高め、反応を促進します。これが「2.反応の促進機能」です。

最後に、アセチル化されたセリン残基が加水分解を受け、酢酸が脱離して酵素が再び元の状態に戻ります。このような反応機構により、コリンエステラーゼは神経伝達の制御に重要な役割を果たしています。これについても、アミノ酸残基が反応促進に寄与しているため「2.反応の促進機能」に含まれると言えます。

この様に酵素反応においてはこの二つのステップが非常になると言えます。
- 基質の認識機能
- 反応の促進機能
酵素反応のビジュアル化
基質の認識と反応促進をビジュアルで
下の図は、先ほど説明した「1. 基質の認識」と「2. 反応の促進」をモデル化したものです。酵素は黄色、基質は水色、生成物は桃色で表しています。

酵素反応を式に落としこもう
基質の認識と反応促進を数式に落とし込む
酵素反応速度を表す式として、ミカエリス・メンテン式があります。これは、「1. 基質の認識」と「2. 反応の促進」を、物理化学的な反応速度論に基づいて数式化したものです。


「1. 基質の認識」では、酵素と基質が結合したり解離したりする反応が平衡状態にあると考えます。
そして「2. 反応の促進」では、酵素と結合した基質が生成物に変わる反応速度が、そのまま酵素反応の速度になると捉えています。
この考え方が、ミカエリス・メンテン式の基礎となっており、酵素反応速度を理解するために重要です。
酵素の処理能力には限界がある

酵素が結合できる基質の量には限りがあります。そのため、基質の濃度が一定以上になると、酵素が基質を処理しきれなくなり、反応速度は頭打ちになります。そのため、どれだけ基質の濃度が増えても、一定の反応速度を超えることはありません。
これが「最大反応速度」であり、「すべての酵素が基質と結合している状態での最大限の反応速度」を意味します。

もし基質が薬剤で、酵素がその薬剤の分解に関与している場合、酵素が飽和すると薬剤は体内に蓄積していきます。これが非線形薬物動態であり、薬剤の血中濃度が急激に上昇する原因になります。

基質の認識、解離、反応進行が平衡状態
ミカエリス・メンテン式を導出する際に重要な概念は、「複合体形成速度、複合体解離速度、そして酵素反応速度がバランスを取っている」という考え方です。この平衡関係を理解することで、酵素の働きや反応速度についてより深く理解できるようになります。

※これを数式としてモデル化します。
(V1:酵素基質結合速度 V2:酵素基質解離速度 V3:酵素反応速度)

また、酵素と基質の解離反応定数をミカエリス定数として定義します

[E]:遊離酵素濃度 [S]:遊離基質濃度 [ES]:酵素基質複合体濃度

臨床に繋げるpt1 生化学的検査
酵素活性(ユニット:U)について
ここまでの内容で、酵素の反応速度について説明しました。ここからは少し臨床検査に関連する内容に触れたいと思います。臓器や筋肉の障害を調べる際に、血中に存在する酵素の反応速度を測定することがあります。
これは、逸脱酵素と呼ばれる酵素を利用した検査手法です。本来、特定の臓器内に存在する酵素が、臓器に障害が起こることで血中に放出され、その酵素活性を測定することで臓器障害を診断します。
引用元 日本臨床検査専門医会 20240201
「専門医の検査のはなし 10」
http://180.235.247.4/labo/labo-301-2.html
この検査は、例えば肝機能検査や筋肉損傷の評価などで広く用いられます。
実際の検査値例と単位

上記の内容は、実際の臨床検査結果の一例です。薬剤師国家試験でも、症例問題でこのような検査結果が提示されることが多いのではないでしょうか。ここで注目してもらいたいのは、赤字で示された検査結果の単位「U(ユニット)」です。この単位は、酵素活性を表す際によく用いられるもので、逸脱酵素の測定において重要な指標となります。
酵素活性の単位である「1U(ユニット)」は、1分間に1µmolの基質を変化させる酵素量として定義されています。
上に示した検査結果を例に挙げると、「AST: 27U/L」とは、1リットルの血液中に、1分間に27μmolのアスパラギン酸を変化させるだけのAST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)が存在している、ということを意味します。
酵素活性の測定は最大反応速度を前提に測定

ASTの活性測定は、リンゴ酸デヒドロゲナーゼとの共役反応を利用し、最終的に消費されたNADHの吸光度を測定することで行われます。

ここで重要なのは、酵素の活性測定が最大反応速度を得られる基質濃度で行われるという点です。これにより、基質の消費速度がゼロ次反応となり、安定した活性測定が可能になります。
酵素阻害剤
次に、酵素阻害剤について説明します。酵素の阻害には、「競合阻害」、「不競合阻害」、および「混合型阻害」の3つのタイプがあります。
多くの医薬品は、生体内の酵素や受容体、トランスポーターを阻害する働きを持っています。それぞれの阻害様式を理解することで、医薬品と標的分子の相互作用を予測し、作用の発現や副作用のリスクについても考えることが可能になります。
競合阻害剤
競合阻害剤は、遊離酵素に結合する特性を持っています。これらの阻害剤は、基質と似た構造をしているため、基質の代わりに酵素に結合してしまいます。その結果、基質が酵素と結合できなくなり、反応速度が低下します。(具体例として、スタチン系薬やボノプラザンなど)
※遊離酵素と阻害剤の解離定数を定義します。

[E]:遊離酵素濃度 [I]:遊離阻害剤濃度 [EI]:酵素-阻害剤複合体濃度
※全酵素量は以下で示せます

[E]:遊離酵素濃度 [ES]:酵素-基質複合体濃度 [EI]:酵素-阻害剤複合体濃度

式変形を続けていきます。


逆数プロットにおいてY軸切片は変化せず、阻害剤濃度に応じて傾きが大きくなっている事が伺えます。導出した以下の式と照らし合わせると、ミカエリス定数は増加し最大反応速度は変化していない事が伺えます。


不競合阻害剤
不競合阻害剤は、酵素基質複合体に結合する特性を持っています。
これらの阻害剤は、酵素基質複合体を認識して結合し、アミノ酸残基の立体構造を変化させることで酵素の反応促進機能に影響を与えます。
※酵素基質複合と阻害剤の解離定数を定義します。

[ES]:酵素基質複合体濃度 [I]:遊離阻害剤濃度 [ESI]:酵素基質複合体-阻害剤複合体濃度
※全酵素量は以下で示せます

[ES]:酵素基質複合体濃度 [I]:遊離阻害剤濃度 [ESI]:酵素基質複合体-阻害剤複合体濃度

式変形を続けていきます。


逆数プロットにおいて傾きは変化せず、阻害剤濃度に応じてY軸切片が増加していることが伺えます。導出した以下の式と照らし合わせると、ミカエリス定数は変化、最大反応速度共に低下している事が伺えます。


一般的に、不競合阻害剤とは、酵素基質複合体への結合によって反応速度を低下させる物質を指します。一方で、補因子成分のように、酵素基質複合体に結合することで反応を促進する物質も存在します。(具体例として、アミノ基転移酵素におけるビタミンB6など)
このように、酵素の働きを調節する物質には様々な種類があり、それぞれ異なる作用を持っています。
混合型阻害剤(不競合阻害剤)
混合型阻害剤は競合阻害剤と不競合阻害剤の性質を併せ持ったもので、遊離酵素と酵素基質複合体両方に結合します。

ポイントは阻害剤解離定数が2種類ある事です。

[E]:遊離酵素濃度 [I]:遊離阻害剤濃度 [EI]:酵素-阻害剤複合体濃度

[ES]:酵素基質複合体濃度 [I]:遊離阻害剤濃度 [ESI]:酵素基質複合体-阻害剤複合体濃度
※全酵素量は以下で示せます

式変形を続けていきます。



逆数プロットにおいて阻害剤濃度に応じて傾き、Y軸切片共に増加していることが伺えます。導出した以下の式と照らし合わせると、ミカエリス定数は変化せず最大反応速度のみが低下していることが伺えます。


ただし、これが成り立つのは、KiaとKibの値が等しいと仮定出来る時のみになります。

実際の阻害剤測定ではこの二つのパラメーターにズレがある事も考えられます。次の項目で一例を見てみます。
実例: クロピドグレルのcyp阻害作用 FDAより

左側のスライドに示したグラフは、FDAの添付文書に基づくデータを使用し、クロピドグレル代謝活性物がトルブタミドの代謝速度に与える影響をプロットしたものです。このグラフから得られた傾きとY軸切片の値を目的変数とし、阻害剤の濃度を説明変数として回帰分析を行いました。これにより、クロピドグレルの薬物相互作用や代謝速度の変化を視覚的に解析することができます。
※回帰分析、決定係数、有意差検定については後日統計の記事で詳しく取り扱います。

結果、Km値は上昇しVmaxに変化は見られない事が分かりました。この事から本相互作用は競合阻害による可能性が高いと解釈出来ます。

競合的阻害とは、化学構造が類似している物質が結合部位で競合する現象を指します。この競合阻害のメカニズムを化学的に考察するために、Pythonを用いて構造類似度マップを描画しました。結果として、構造類似性の高い領域がいくつか存在することが確認され、これが競合阻害の可能性を支持する結果となりました。
※
臨床に繋げるpt2 薬物動態
非線形薬物動態
有名どころのフェニトイン
非線形薬物動態の代表的な薬剤として、フェニトインが挙げられます。フェニトインは、薬剤師国家試験でも頻繁に取り上げられる重要な薬剤で、薬学生には馴染みがあるでしょう。
実際に添付文書上にも、ミカエリスメンテン式を変形した形のプロットが掲載されています。
フェニトインで重要なのは、定数Vmax,Kmの個人差が大きいという点です。これは、消失に関わる酵素やトランスポーターの発現量や基質との親和性に個人差が大きいという事です。
ここでVmaxとKmの式を思い出してみましょう

まずはVmaxです。


上記の式よりVmaxは全酵素量に依存する事が分かります。このため、フェニトインの消失に関与する代謝酵素やトランスポーターの発現量に個人差があると、フェニトインのVmaxにも個人差が生じます。また、肝障害等で酵素総量が減った場合でもVmaxは低下することとなります。
次にKmです

上記の式から、Km値は酵素と基質の結合力に依存することが分かります。遺伝子変異によるアミノ酸配列の変化で酵素の基質認識能力が低下すると、Km値が低下し、結果として血中濃度が上昇しやすくなります。フェニトインのKm値に個人差が見られるのは、遺伝子多型が基質結合力に影響を与えていることが原因の一つと考えられます。
また、アミノ酸配列の変化により酵素の反応促進能力が低下すると、酵素反応速度定数が低下し、Vmaxも下がることが考えられます。このことから、遺伝子多型はKm値だけでなく、Vmaxにも影響を与えると言えます。
最大量制限のあるテルミサルタン
次に、降圧剤であるテルミサルタンについて説明します。テルミサルタンは、添付文書に記載されている1日の最大投与量が80mgに制限されています。
引用元: ミカルディス錠 添付文書 (用法及び用量)
単回投与時の投与量と最大血中濃度(Cmax)の関係は添付文書に示されており、このデータを用いてラインウィーバー・プロットによる解析を行います。
引用元: ミカルディス錠 添付文書 (薬物動態)
通常、1日1回投与が推奨されているため、単回投与量を24時間で割った値を投与速度として扱います。この投与速度を、体内で薬物が処理される速度、つまり反応速度として考えることで、投与速度と反応速度が同じであるとみなせます。

引用元 ミカルディス錠 インタビューフォーム
また、主要排泄経路は胆汁酸でありトランスポーターとしてOATP1B3が関与しています。非線形性の原因としてここの飽和が関与している可能性が大きいと考えられます。

次に以下の記述について考えて見ましょう
出展
もう一度、Vmaxの式が登場します。


肝障害がある場合、肝細胞の壊死によりOATP1B3トランスポーターの総量が低下することが考えられます。この結果、酵素の総量も低下し、Vmaxが低下する可能性があります。

本来なら80mg付近で見られる血中濃度の急上昇が、より低い投与量で発生することが予想されます。このことから、肝障害患者の最高投与量が40mgという設定にも納得がいくでしょう。
薬物動態やファーマコキネティクスの理解に役立つこの考え方は、薬剤師国家試験対策にも有用です。
阻害率とPISCSによるAUC変化予測
阻害剤の臨床的影響を評価する手法としてPISCS(Pharmacokinetic Interaction and Clinical Significance)が挙げられます。
CR(消失寄与率)とIR(阻害率)
薬物は、さまざまな代謝酵素、腎排泄、トランスポーターなど複数の経路を通じて消失します。このプロセスにおいて重要な概念がCR(消失寄与率)です。
たとえば、ある薬物がCYP3A4、CYP2C9、および腎排泄の3つの経路で消失すると仮定します。この中で、CYP3A4が消失にどの程度寄与しているかを特定できれば、CYP3A4阻害剤を併用した際の薬物動態への影響を概算することが可能です。


臨床での活用(添付文書未記載の相互作用リスクを評価)
PISCSを用いることで、特定の消失経路に対する阻害剤が投与された際に、クリアランスやAUC(曲線下面積)がどの程度変動するかを定量的に予測することができます。この手法により、薬物相互作用の影響を明確に把握でき、臨床現場での適切な薬剤管理や投与計画に役立てることが可能です。
イグザレルト(リバーロキサバン)を例に考えて見ます。投与設計は、腎機能と体重を基に決定されます。リバーロキサバンは腎排泄型のDOACで、腎機能が低下した患者では特に注意が必要です。これらは薬剤師国家試験でも重要な知識です。
引用: イグザレルト錠 添付文書
このように腎排泄型の薬剤ですが、完全に未変化体で排泄されるわけではなく、CYP3A酵素による代謝も寄与しています。そのため、添付文書にもCYP3A阻害薬との併用禁忌がいくつか示されています。
代謝経路を示します。
引用: イグザレルト錠 インタビューフォーム(代謝経路)
添付文書やインタビューフォームに記載されている相互作用試験は、一部の組み合わせに限られています。リバーロキサバンの代謝経路は複雑で、各経路の寄与率やCYP阻害剤併用時の影響を評価するのは難しいです。
そこで、PISCSを用いて、クリアランス比(CR)を算出し、併用薬の影響を予測します。

これを算出することで、複雑な代謝経路を以下のように簡潔に整理できます。各経路の寄与率が明確になり、理解が容易になります。

これにより添付文書に記載されていない阻害作用のある薬物を併用した際に、対象薬のAUCやクリアランスがどの程度変化するのかを予測することが可能になります。

この結果から、クラリスロマイシンやジルチアゼムとの併用により、リバーロキサバンのAUCが1.5倍に上昇することが推測されます。クラリスロマイシンについては添付文書に記載がありますが、ジルチアゼムに関する記載はありません。そして、ジルチアゼムは不整脈治療に使用される事もあるため、併用の可能性が高く特に注意が必要です。
誘導剤も同様で、カルバマゼピンやフェニトインとの併用により、リバーロキサバンのAUCが低下することが推測されます。特に、脳梗塞後のてんかん合併症例などでこれらの薬剤が併用されることが考えられるため、注意が必要です。

リバーロキサバンは非線形性を示さないため、一見すると代謝の安定性が高いように思えます。しかし、これは言い換えると、CYP3Aによる代謝が余力を持っていることを意味します。
腎機能が低下した場合、CYP3Aの寄与率が上昇し、阻害薬を併用した際の影響が概算したものよりも大きくなる可能性があります。

実際、相互作用試験の結果が豊富な薬や働いている店舗でよく動く薬の内相互作用リスクの大きいものは普段からリストアップして頭の片隅に入れておくようにしています。そして該当薬剤の組み合わせがある時は、服薬指導の時に副作用リスクや日常の注意点などの説明を少し丁寧に行うなど意識しています。
まとめ
酵素反応の基本的なメカニズムと臨床への応用について解説しました。 コリンエステラーゼを例に基質の認識と反応促進のプロセスを紹介し、ビジュアルを用いて説明しました。
また、酵素活性の測定手法や阻害剤の種類についても触れ、非線形薬物動態の具体例としてフェニトインやテルミサルタンを挙げました。
さらに、PISCS(薬物相互作用シミュレーター)にも触れ、薬剤の相互作用がどのように影響するかを考える方法についても紹介し、実際の服薬指導や監査に役立てるヒントをお伝えしました
- 酵素反応とは?(基質の認識、反応の促進)
- 酵素反応のビジュアル化
- ミカエリスメンテン式は基質の認識と反応促進が平衡状態である事に由来
- 臨床検査酵素(ユニット)
- 阻害剤の理解(競合阻害、不競合阻害、混合型阻害)
- 薬物動態的思考に繋げる(非線形薬物のリスク、PISCSによる相互作用予測)
コメント